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視える怪談

amazon:[文庫] 怪談実話 無惨百物語 ゆるさない (MF文庫ダ・ヴィンチ)  黒木あるじ『怪談実話 無惨百物語 ゆるさない』を読んだ。
 作者は兼業作家という。現在も東北を中心に映像関係の仕事に就いている。映像関係の仕事に就いているということで、怪談系のイベントでは黒木あるじ氏の自主制作映像が上映されることもある。それらの映像は、さすがはプロと唸らされる出来映え。素人とプロの違いは、撮影技術の差もさることながら、やはり編集の技術にこそ表れるということが実感できる。プロは撮影時に既に編集を考えているのだろうな。ファインダーを覗きつつもその頭のなかではだいたいの絵コンテができているのだろう。
 この「絵コンテができている」というのが、黒木あるじ怪談を読むうえで重要なキーワードとなる。
 とにかく視覚に訴えかける文章なのだ。目は文字を追っているのに、意識の上では描写されている内容をはっきりと思い描いている。それは描写されている光景をあたかも実際に視ているかの如く。掌編でひとつの場面を長々と描写するのは全体のバランスを崩すことになる。つまり、作者の視覚に訴えかける文章は、分量は少ないにもかかわらず情景描写には少しの不足も感じられないということだ。それには視せたいものだけを選んで提示するということを成功させなければならない。ここに映像のプロフェッショナルの真骨頂がある。効果的に視せるために余計なカットを挿入しない。きちんと絵コンテを切って、執筆に臨んでいるのだろう。
 視覚的に怪談を楽しむ。この一点のみを挙げても、黒木あるじ作品には読む価値がある。特に本書は東日本大震災後の刊行ということで、本拠地を襲った未曽有の災害に作者の執筆活動が影響を受けないはずがなく、それを読み取るためにも黒木あるじファンとしては必読の一冊と云えよう。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] 怪談文芸ハンドブック (幽BOOKS)  怪談は語りにその本質がある。土地や人に関する怪談を文字におこしたものが怪談本だ。蒐集と記録の意義は計り知れないものがあるけれども、これについてはさておいて、テクストとなることでその内容は固定されるという点は看過できない。これを簡単に云うと、口碑伝承ではなくなるということだ。
 怪談の本質は語りにあると述べた。語りということは当たり前だが話者がいる。これはつまり、怪談とはパフォーマンスだということだ。そしてパフォーマンスということは、演者がいて観衆がいるということだ。この二点は大きな意味を持つ。
 演者の技量によってパフォーマンスの完成度は左右される。また、観衆のウケがパフォーマンスに影響を与える。演者は観衆にウケればその部分を引っ張り、あまりウケなければその部分を端折る。パフォーマンスは回数を重ねれば重ねるほど練られるものだから、実演回数を積み重ねるほどネタはブラッシュアップされる。"間"や構造、ネタは日々磨かれて変化し続ける。芸人や役者が「舞台は生き物」と云うが、これは怪談も同じだ。こうなると、「何を演じるか」というより「如何に演じるか」ということが重要になる。
 如何に演じるかということはつまり、技量の有る無しを問われているのであるから、それは「誰が演じるのか」という点に行き着く。怪談においても名人と称される語り部はいる。彼らは怪談に関してその語りが絶妙に巧いから怪談名人と呼ばれるのであって、怪談名人の称号が先行して語りを上達させるわけではない。パフォーマンスはその回数を重ねることで、ネタをブラッシュアップするとともに演者に技量を積ませる。

 以上のことからわかるように、怪談とは芸なのだ。演者と観衆(怪談なので、語り部と聴衆とすべきだろうか)の双方がネタに対する相互作用を齎すことから、語り部と聴衆の作り上げる"場"こそが怪談と云ってもよいだろう。怪談本はだから怪談の一部でしかないのだ。
 だからと云って怪談本に魅力がないわけではない。テクストとなることでその内容に目が向きがちだが、怪談であるからには"語り"こそ評価すべきである。つまり、作者が如何に語っているかが怪談本の魅力となる。
 そこで本書だ。作者の文章は脳裏に映像を思い浮かべやすい。凝りに凝ったというわけでもないように感じられるオノマトペからは、匂いや触感までも視させられる。精神的に胃にもたれる文章である。特に本書は一日では読めないほどに胃にくる。見た目は軽いのにその実カロリーたっぷり、ってカンジ。適当な表現じゃなくて申し訳ない。
 ホント、これはひとつの芸だよ。この芸を自分のものにするのに、どれほどの犠牲を払ったのか。考えるだに怖ろしい。本書収録の話のなかに、どれくらい作者自身のことを語ったものがあるのか見当もつかない。作者が身を削ったのか命を削ったのか魂を捧げたのかわからないけど、それだけのことをして高めた語りの芸を堪能するには本書を読まなければならない。だから、こんな記事を読むより本書を手に取ることがはじめの一歩。騙されたと思って一冊購入して読んでほしい。「騙されたと思えるくらい恐怖に対して鈍い自分だったらよかったのに!」なんて、きっと後悔するから。

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