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疑えば疑うほどに

amazon:[DVD] ダウト あるカトリック学校で  前回の記事で、ジョー・ライト監督作品「つぐない」を取り上げた。作中登場人物のブライオニー・タリスに関する疑惑を幾つか挙げて、彼女の欺瞞を糾弾した。探偵はそれに介入することで事件を自分の物語に書きかえてしまう。私は「つぐない」に入り込んで、「歌うタイプライター」という自分の物語を生み出した。
 他人の事件に土足で上がり込み、全ての事情に通じているような顔で自分語りを繰り広げる。探偵という生き方はよほど鈍感であるか精神が強くなければ為し得ない。物語に対するヘボ解釈をブログで開陳する私は、どちらかというと鈍いのだろう。いや、鈍い! 鋭利な刃物で刺されたなら、三日後に失血死していたことに気付くほど鈍い!
 では、本作の探偵はどうだろうか? そもそも探偵は登場するのだろうか?
「ダウト あるカトリック学校で」を観た。
 聖ニコラス・スクールの校長であるシスター・アロイシスは、厳格な宗教人だ。生徒にも同僚にも規律を求める。そのシスター・アロイシスが教区のフリン神父に対してある疑惑を抱く。その疑惑に関する状況証拠を握ったとき、彼女の疑惑は確信に変わる。

 さて、ここで警告。映画作品を取り上げた記事では毎度のことながら、この記事では本作のネタを割っている。本作を未だ観ていないならば、これ以上は読み進めないのが賢明だ。さあ、他の記事に進むか、PCに火を点けるかするのだ! できの悪い冗談だから本気にしないように!

 DVDソフトには特典映像としてキャストのインタビュー映像が収録されている。そこで話題になっていたのは、観客の関心事は「フリン神父がやったのかやっていないのか」にあるということ。
 ジョー・ライト監督作品の「つぐない」では、自らの社会的に優位な立場を承知の上で、少女は目撃証言と傍証となる物的証拠を提出して、彼女にとっては初恋の男性を犯罪者に仕立てあげた。証拠に対する信頼性の根拠は、それらを提出したのが上流階級の娘であるという甚だ頼りないものだが、時代と社会の文脈においてこれは有効だったのだろう。
 本作においてフリン神父を糾弾するのはシスター・アロイシスである。彼女が神父を罪人と断定する根拠は甚だしく薄弱である。フリン神父が罪を犯したとする物的証拠は、ただのひとつもない。証拠もないのにシスター・アロイシスはフリン神父の罪を確信する。彼女の背を押すのは"疑惑"である。疑惑を打ち消せないシスター・アロイシスは、フリン神父の犯罪録を自らのうちに構築する。
 そもそもシスター・アロイシスがフリン神父の罪を暴こうとするのは、彼女に神父を失脚させる意図があったからである。シスター・アロイシスは尤もらしいことをシスター・ジェイムズに述べるが、そこにあるのは権力闘争の意思でしかない。また、戒律の遵守を第一に掲げるシスター・アロイシスと、戒律の意味するところさえ押さえれば少々の逸脱行為に寛容であるフリン神父との、これは20世紀のアメリカ合衆国における宗教闘争でもあると考えられる。
 本作の舞台は、宗教とは無縁の生活を送ってきた私にとって実感することが本当に難しい。砂糖もボールペンも流行歌も爪を伸ばすことも許されない社会なんて、全く実感できない。戒律の文言に縛られて、社会の在り方や価値観が変化してゆくことに気付かないシスター・アロイシスのような存在は、私にはただ頑迷なだけで寧ろ愚かにすら感じられる。これはあくまで21世紀の日本に生きる、カトリックどころか信仰心のまるでない私の感覚だ。

 前言を翻すようだが、シスター・アロイシスは彼女なりに時代の移り変わりを感じていたのかもしれない。宗教を含む価値観が変わってゆくのを焦りのなかで実感していたのかもしれない。神の教えが蔑ろにされるのをどうにかして食い止めねばならないのに、自分と同じ立場である筈のフリン神父が率先して戒律を破っている。このことに彼女は激しく憤りを感じていた。
 社会の枠組みが変わっても価値観に変化が訪れても、人が人としてあるために絶対に守らねばならないものがある。神の教えこそは人が生きるうえで道標となる唯一絶対にして普遍のもの。そして戒律は、キリスト教徒の行動規範なのだ。長い年月をかけて成立した戒律は、だからこそどの一文をとっても普遍的な意味を有するものだ。一介の神父が勝手に変えてよいものではない。
 シスター・アロイシスが自らの信仰に忠実であることは疑いもない。そして、フリン神父もまた宗教人として信念を持っている。こちらは現代に生きる私にも納得できる考え方だ。時代と社会の文脈に合致した活動を進めることで、より多く人にキリスト教を広めてゆく。神の教えも学問も一握りの人間にのみ許された特権ではない。肌の色がどうであれ、性的嗜好がどうであれ、神のもとでは平等のはず。
 共にキリスト教徒として真摯に信仰と向き合う二人だが、それだけに考え方の些細な違いが浮き彫りとなり、その点において互いに許せないのだろう。

 シスター・ジェイムズが興奮のあまり自分の愛する職場を刑務所と口走ってしまう。刑務所は大袈裟ではあるが、彼女の気持ちは理解できる。シスター・ジェイムズは直後に訂正するものの、これはシスター・アロイシスの目には反抗意識の表れと映ったに違いない。そして、自分の統率力に翳りが生まれたことに危機感を覚えただろう。シスター・ジェイムズに影響を及ぼすのはフリン神父だ。これにはシスター・アロイシスとしては面白くない。学校は教区に属するものだが、それでも学校においては自分が運営上の責任者なのだ。学校職員は自分に従うべきであり、これが組織運営上の守るべき規律だ。
 人々を導く神父と教育を司る学校長とは、果たすべき仕事に重なるところがあり、本来ならば協力し合うものだろう。フリン神父とシスター・アロイシスとの間に協力関係が結ばれなかったのは、キリスト教会の在り方に対する両者の考え方に大きな開きがあったことが理由だ。

 シスター・アロイシスとフリン神父の対決は、最終的にフリン神父が折れるかたちで幕を閉じた。これはフリン神父の疑惑を証明したことにはならない。彼は眼前の闘争を避けたに過ぎない。それは、学校内に味方のいないドナルド・ミラーが政争に巻き込まれるのを防ぐ意図があった。このままシスター・アロイシスとの対決を続けると、彼女が少年を犠牲にするかもしれない。あれだけ規則を厳守してきたシスター・アロイシスが、目的達成の為に手段を選ばなくなっている。これは異常事態だ。
 そして、規則を破るシスター・アロイシスとは対照的にフリン神父は彼女に規則厳守を迫る。通常の二人であればフリン神父が規則を破りシスター・アロイシスが規律を正すのだが、この場面の彼らはまるで正反対の行動をとる。
 ドナルドの件だけでなく、自分たちの口論の不毛をフリン神父は自覚したのだろう。彼はこの教区を去ることを決めた。

 最後にシスター・アロイシスはシスター・ジェイムズに対して、フリン神父の疑惑について自分の疑いが正当であったと述べる。根拠はフリン神父の前任地においてひとりのシスターから証言を得たことだ。これはシスター・アロイシスの嘘なのだが、その身に疚しいところがなければフリン神父は出て行かなかった筈だ。出て行ったということは、嘘であったにもかかわらずその証言に信憑性があったわけで、つまりはフリン神父が前任地で何かしらの悪事を働いていたのだ。そうに違いない!
 このことは、そうも考えられなくはない、といった程度の可能性を秘めているだけで、事実については何も明かされてはいない。口論のなかでフリン神父は「罪を犯したことは?」と尋ね、シスター・アロイシスは「ある」と答えた。シスターの告白に、自分も大罪を犯したことがあると神父は告げた。そしてフリン神父は、シスター・アロイシスの問い合わせに応じたシスターが誰なのかを執拗に尋ねた。
 想像を逞しくすれば、神父の告げた罪は前任地におけるものだと考えることができる。シスター・アロイシスの思惑に乗じて自分を陥れるような人物、しかも宗教者として嘘を禁じられているにもかかわらず偽りの証言を行うほどに自分を憎んでいる人物に、彼は心当たりがあったのではないか。そうであるならば、フリン神父の犯した大罪について考えられることは多くない。
 フリン神父の真実について、自分に都合のよい解釈でシスター・アロイシスは己を納得させていた。そうは云っても赤く腫れた目を見れば、彼女の精神状態が良好ではないことは明らかだ。それでもシスター・アロイシスは努めて自らの正しさを信じなければならない。人を追い落とす為に自分は大罪を犯したのだ。これは悪を討つ理由がなければ、とても許されるものではない。否、たとえどんな理由があろうとも、戒律を重んじる彼女は自分の行為を正当化できまい。犯してしまった罪を悔いて、強いはずの女が泣き崩れる。
 真相は藪の中。しかし、これでよいのだ。本作は"疑惑"そのものを描いている。解決はまた別の物語だ。

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ダウト あるカトリック学校で from 象のロケット 2011-09-28 (水) 02:32
1964年、ニューヨーク・ブロンクス。 カトリック系教会学校の厳格な校長シスター・アロイシスは、進歩的で生徒にも人気のあるフリン神父が、学校で唯一の黒人生...

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