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母の決断

amazon:[Blu-ray] ヘルボーイ ゴールデン・アーミー  マイク・ミニョーラが生み出したダークヒーロー、ヘルボーイの映画化作品第二弾、ロン・パールマン主演の「ヘルボーイ ゴールデン・アーミー」を観た。
 本作も前作と同じくギレルモ・デル・トロが監督と脚本を務めている。題材こそ怪奇幻想文学に取っているが、怖いとか薄気味悪いとかいうよりむしろ笑いとバイオレンス、そしてラブロマンスと親子愛に彩られた人間ドラマがその本質だった前作。本作にもテーマがあり、これが作品を引き締めている。このおかげで本作は単なる娯楽要素満載のアクションホラーに落ち着いていない。
 ヘルボーイのチームは新たな指揮官を迎えることに。これが実に人間離れした存在で、超常現象調査防衛局はいよいよもっておもちゃ箱めいてきた。環境の変化は要するにテコ入れであり、これによってテーマを浮き彫りにするのが狙いだ。新入りが掻きまぜた後に底から浮かび上がるのは、何であろうか?
 人間世界を破滅させる兵器を巡ってヘルボーイたちとエルフの王子とが争う。これが物語の本筋であり、ここに晴れて恋人となって新たな局面を迎えることとなったヘルボーイとエリザベス・シャーマンの恋愛模様、加えてエイブラハム・サピエンとエルフの王女との間に淡いロマンスが生まれ、つまりは血みどろの抗争と愛が同時に描かれるわけだ。そして、新しい上司との軋轢と融和。やはり、対照的だ。
 こうしてみると、見事なくらいに人間ドラマのお膳立てができている。怪奇幻想の要素に触れずに本作を語ったならば、山田洋次監督作品かと勘違いしてしまうかもしれない。亡き渥美清がヘルボーイを演じたとしても、それはそれで違和感なく観られるのではないだろうか。「ヘルボーイはつらいよ」って。

amazon:[単行本] ヘルボーイ:弐 チェインド・コフィン[縛られた棺]/滅びの右手  前作で人間と魔人との橋渡しを務めた者は、そのほとんどが本作に登場しない。トレバー・ブルッテンホルムは亡くなり、彼が息子の将来を託したジョン・マイヤーズは左遷されたようだ。残っているのはトム・マニングである。
 トム・マニング! 無理だ!
 トム・マニングは悪い奴ではない。無能でもない。しかし、超常現象調査防衛局ではあまり役に立たない。荷が勝ちすぎる。人には適材適所というものがある。常識の通じる限りにおいてはトム・マニングは有能でいられるのだろう。彼のあまりに官僚的な態度も、それが通用する場では害にはなるまい。しかし、魔人と張り合うには人の領域から足を踏み越えた者でなければとても務まらない。翻ってトム・マニングは、彼ほど人間らしい人間はいない。だから超常現象調査防衛局は、ヨハン・クラウスを迎えたのだ。
 ヘルボーイの出自やエイブの外見や生態にリズの発火能力と、人間離れしていると云えばこれ以上ないほどのメンバーが揃っているが、ヨハンは最もユニークな存在である。なにしろ肉体を持たないガス人間なのだから! 厳密に云えばエクトプラズムなのだが、それにしたって驚きが減ずるわけではない。エクトプラズムとは、霊媒の体から流れ出すゲル状の半物質と考えられているけど、ヨハンはスライムのような実体すら持たない。ガスなのだ。そのうえ、このエクトプラズムの状態でいることが、強い。なにせガスである。力押しに攻め立てても効果はない。まさに糠に釘、暖簾に腕押しだ。ヘルボーイにとって最も苦手なタイプだろう。ヨハンはブルームとは違う方法でヘルボーイを抑止できる。
 ヨハンがガス人間になったのには、何やら曰く因縁がありそうだ。そして、そこには悲しい恋の物語があるように窺える。往年のヨハンの姿もさることながら、悲恋の顛末が気になる。彼の特別誂えのスーツはブルームの手になるとのことだが、ヨハンの恋の物語にブルームはどのように関係したのだろうか。それとも無関係? いずれにしてもヨハンの過去が語られるのであれば、それは次回作以降のことだ。私たちはひたすら待つしかない。

 人間が去った後の超常現象調査防衛局は、云うなればツッコミ不在のボケ集団だ。各自好きなようにさせたなら際限なくボケまくって収拾がつかない。当たり前だ。ここには常識がないのだから。前作ではブルームとマイヤーズがそれぞれに軌道修正をしていた。彼らのいない本作において、超常現象調査防衛局の面々に常識の光を照射するのは誰か?
 やはり人間だ。本作では報道陣の前にヘルボーイが現れて、それまで都市伝説であった彼の実在が明らかとなった。次に起こるのは異物に対する拒否反応である。これは"森の神"の精霊が街を襲った場面に象徴される。人間の赤子は命懸けで守るべき存在であり、人外の赤子はそれが種として最後のひとりであっても退治しなければならない。同じ命だが、人間にとってその重みは異なるようだ。
 話は横道に反れるが、"森の神"精霊が大暴れする場面の素晴らしいことと云ったら! これには巨大怪獣に対する監督の愛情を感じる。そして死にゆく場面では、最終的には滅びの道を辿らなければならないものへの哀惜の念が感じられる。とても美しい映像だ。ギレルモ・デル・トロの最新作、「パシフィック・リム」は巨大モンスターと巨大ロボが戦うという、これまた"特撮愛"に満ちた作品となるだろう。公開が楽しみだ。
 閑話休題。その存在が自分たちと少しでも異なるところを持つというだけで、人間は忌避の視線を送る。罵詈雑言を容赦なく投げ付ける。世間から浮き出た「歪な点」を指摘するのがツッコミで、通常はそれによって笑いを誘うものだが、異端を指差す際のそれらはツッコミと呼ぶには苛烈にすぎる。ただ違うだけ、それだけなのに。

 本シリーズは今後、人外と人間との間の対立と融和が描かれるだろう。前作でヘルボーイは愛する女性の生存より人類の平和を選んだ。結果的に王子様のキスで炎の王女は目覚めたが、ヘルボーイ自身はそれを期待していたわけではない。リズの死を覚悟したうえでの別れのキスだった。本作で、リズは愛する男の命と人類の存亡とを秤にかけて、そのうえでヘルボーイを選んだ。将来訪れると予言された未曾有の危機より、今は愛する男を救いたい。
 人類の命運と自分たちの幸福について大きな認識の違いを見せるヘルボーイとエリザベス・シャーマン。ブルームの教えに忠実なヘルボーイは人類との融和を目指し、少女時代のトラウマによってエリザベスは人類との対立を辞さない。楽観主義者と悲観主義者との間に子供ができた。赤子の誕生は次回作まで待たねばならないものの、これが物語世界に与える影響の大きさを思うと、実に楽しみである。親となった二人が如何なる意思決定を下すのか、とても興味深い。彼らはブルームのような親になれるのか? それともラスプーチンのような親になってしまうのか?

 映画版「ヘルボーイ」シリーズの今後が楽しみだが、次回作の完成は暫く待たねばならないようだ。「パンズ・ラビリンス」の成功をうけて、ギレルモ・デル・トロのもとに様々な企画の依頼が舞い込んでいるらしい。先ほどの「パシフィック・リム」もそうだ。ギレルモ・デル・トロのもとにオファーが寄せられるのは喜ばしいことだが、それらが撮影まで漕ぎつけないことと、「ヘルボーイ」の新作を待ち望んでいる身としては、どうにももどかしいばかり。ひたすらに待つしかない。「狂気山脈にて」の映画化も!

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