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日々是寧日

amazon:[文庫] いま、殺りにゆきます RE‐DUX  平山夢明『いま、殺りにゆきます RE-DUX』を読んだ。
 本書の総ページ数は二百三十に満たない。この分量で三十四話もの数を収録している。つまりは一話が物凄く短いということだ。ちょっと空いた時間に数話を読むことができるので暇潰しにかっこうの一冊と買ってはみたものの、実際に読んでみるとこれが大間違い。どうにも読み進められない。
 内容がつまらないとか難解だとか、文章が下手だとか相性が悪いとか、そんな理由で読めないと云っているのではない。話自体は、短く纏められているし文章も読みやすいし内容は頭に入ってくるしで、読むには何ひとつ文句のつけようがない。寧ろ、イメージを喚起させる文章は素晴らしい。大絶賛だ。
 しかし、熟達の文章から喚起されるイメージが問題。皮膚感覚に訴えかけてきて、これが実に真に迫っているものだから、ただ読んでいるだけで脳髄は肌が刺激を直に受けたものと誤認する。神経機能すら欺く騙りのメカニズムによって、読者は語り手の痛みや恐怖や嫌悪を体感させられてしまう。感情を揺さぶられるだけでなく、感覚すら支配されてしまうのだから、作者に力量があることは疑うべくもない。

 ここに東雅夫『怪談文芸ハンドブック』がある。その第一部は「怪談をめぐる七つのQ&A」とあり、一番目の問いとして「怪談の定義とは?」が挙げられる。これに答えて12ページ、怪談の基本は「お化け話」であると定義されている。わけのわからない話で読者や聴衆に恐怖や驚愕、おさまりのつかない不思議な思いを残させるという点が怪談を怪談たらしめているが、怪談が成立するにはそこに「超自然的存在や現象」がなければならない。このように怪談とは超自然の物語だから「お化け話」と表されている。
 この定義に従うと、本書は怪談集ではない。収録されているのは怪談ではない。超自然的な怪異がただのひとつも語られていないのだから。本書で繰り返し繰り返し語られるのは、人によって齎される恐怖だ。母親の腹から生まれて人並みに躾られ道徳教育を受けてきたであろう人が、しかし人倫にもとる行為に手を染める。その行為によって他者が傷つくことなど意に介さないように、むしろ決して消えない傷跡をそれと心得て刻み付ける。行為の対象となる被害者の体と心に。
 人を傷つけることは歴史的建造物に刻印するよりも抵抗はないのかもしれない。歴史的建造物に刻印するより行為の齎す興奮は大きいのかもしれない。いずれの行為であっても、たとえそれを思い付いたとしても良心の呵責が実際の行動に移らせないものだが、その良心が最初からインストールされていないのか、躊躇せずにやってのける人間がいる。周囲の人間と変わるところのない外見を持ち、社会的に何ら恥ずかしくない立場にあり、一見しておかしな言動をするでもない、そんな人物が実は殺人愛好家である。このような真相を持つ物語は、今や珍しくない。"今そこにある危機"だ。私たちは、すぐそばにいる人物の狂気に気づかずに今も暮らしているのかもしれない。一見して平和そうだからと云って、どうして安全だの安心だのと決めつけることができる?
 こうなると、「一番恐しいのは人間である」なんてことをしたり顔で云いだす向きが出てくるが、こんなのは大きな間違いだ。人間はときに恐ろしい存在へと変わる場合がある。これについては諸手を上げて賛成する。自らの邪悪に酔って、あるいは自らの正義を信じて、残酷極まりない行為に手を染めることもあるだろう。しかしどんな行為であれ、全ては人の為し得る範囲。倫理や道徳規範の埒外にあろうと、その行為は人が想像し得るものである。所詮は人の頭から出てきた行為しかできやしない。
 真に恐ろしいのは想像の許されないところにある。超自然の存在や現象に遭遇して、全く対処できず、或いは何がなんだか理解すらできないまま終わる。否、決定的な終局を与えてくれるかどうかもわからない。この答えは、人間の想像の許す範囲内にありはしないのだから。
 人は人だ。それ以上の存在でもそれ以下の存在でもない。同じ人間だからわかりあえるはずだとか、反対に赤の他人の考えていることなんかわかるばずがないとか、他人の気持ちを云々する無意味さに気付けよ。また、他人なんかどうでもよくて、内なる邪悪に飲み込まれそうな自分が恐ろしいなんて思い悩む向きは、毎晩ジョギングするといい。そんなモヤモヤは汗といっしょに流してしまえ。

 物事をシンプルに捉えて他人について思い悩むなと云っても、人間関係というものは生きてゆくうえで無視できない。現代社会において希薄になったと嘆かれてはいるが、希薄なら希薄の、濃密なら濃密の、それぞれに恐怖感情の生まれる理由がある。距離感が遠いと感じるなら、その人物に対して未知であることの恐怖を覚える。距離感が近すぎると感じるなら、その人物に対して圧迫感とともに「なぜこんなにも近寄ってくるのだろう? この人の真意が見えない」と、やはり未知であることの恐怖を覚える。恐怖は肥大する。もしやワタシに害意を持っているのではないか?
 家族や恋人、友人や同僚、街行く人のこれら"隣人"に対して、その言動に疑惑を抱き、常とは違った視点で観察をはじめる。用心するようになる。これは名前を知らない、会ったことを覚えていないような赤の他人に対しても同じだ。夜は明るく交通量の多い大通りを歩く。防犯ブザーを携帯する。たとえ高層階に住んでいるとしても、戸締まりに細心の注意を払い、新たに鍵を増やすなりの防犯措置をとる。これらは相手が人であればこそ有効である。防犯措置が害意ある者の手段を上回っているかぎりにおいては。
 自分が危険にさらされているとわかれば、その心構えもできるし対応もできなくはない。けれど、どこの誰が自分に害意を持っているかもわからないまま、絶えず全方向的に注意を払うというのは不可能だ。人の行為は想像できるけれど、常に緊張を強いられるとなると人は壊れる。そこまで恐怖に取り憑かれたなら、その感情は外部から得られる刺激によって生じるものではなくなっている。自ら想像した事柄によって恐怖を醸造しているのだ。恐怖の自家中毒だ。

 ここまで書いておいて、「じゃあ、超自然的恐怖を描いてない『いま、殺りにゆきます RE-DUX』は恐くないのか?」と訊かれたら、「そりゃ恐いよ」と答える。「恐ぇし痛ぇよ。もう読みたくねぇよ!」と続けるだろう。本心だ。人間を描いていても、そこに人間を感じないこともある。考え方が人間を超越している、人の道を踏み外しているという意味では、非人間なのかもしれない。そういう意味で、読者が頭に思い描くのはモンスターかも。
 想像というのは、情報における未知の部分を補う。それも、意図しないうちに、だ。作中の人物が見た物を、嗅いだ匂いを、負った怪我を、感じた悪意を読者は自分のなかで再現してしまう。文章が下手だったり、文章との相性が悪かったりすれば、ページに広がるのはただの記号でしかない。けれども、平山夢明の文章はスルスルッと飲み込めてしまう。飲み込んだ途端にイメージが喚起されてしまう。鼻先に突きつけられた物を見て、嗅ぎたくもない匂いが鼻をつき、様々な種類の感触や痛みが体を走る。そして、向けられた悪意に身が竦む。
 厄介だ。
 だから、もう読みたくない。

 未知なることが想像を逞しくさせて恐怖を増幅するのだから、語り手の恐怖の対象を理解不能な存在にするのがよい。そして、ここで人類における永遠のテーマ、異性に対する謎を持ち出す。男にとって女は永遠の謎だ。女にとって男というのは、わけのわからない生き物だ。すぐそばにいるのに、実際は脳の構造も生理も異なる、まったく別の生き物なのだ。相互理解できないのもむべなるかな。男にとっても女にとっても異性というのは、同じ人間であっても中身の知れないブラックボックスを抱えた存在なのだ。ふとした瞬間にわけのわからない、理屈もなにも通じない存在へと変貌する。同じ生き物だと信じられなくなるくらいに、怖い。
 本書に収録されている話は、男の語り手が女への恐怖を、女の語り手が男への恐怖を、それぞれ物語っている。本書は自選傑作集ということだが、ここに作者の明確な意図が読み取れる。けれど、深読みも裏読みもしたくない。読み込むには、本書はホントに厭すぎる。本書は、収録作品に超自然的なところがないので怪談集ではない。しかし、読者に恐怖や嫌悪感をまざまざと体感せしめるという点で、その収録作品はいずれも怪談と同じだけの効果を齎す。怪談の代替品とするならば、凡百の怪談を駆逐するほどに本物である。私は二度と読みたくないけど。
 傑作集ということで新作を待ち望むコアなファンにとっては物足りないのだろうが、いろいろな意味で物凄い本だ。気軽に「この本読んでみて!」なんて薦められない。文庫で540円なのでファストフードでお腹を満たすのもよいだろう。店員がマトモな店なら大丈夫、無事に帰ってこられるハズ。そうでなければ......。本書を買って厭な気分を味わったほうが、はるかにマシかもしれない。

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