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シュレディンガーのニコラス・ケイジ

amazon:[DVD] NEXT -ネクスト- スタンダード・エディション 「NEXT ネクスト」を観た。
 業界きってのサラブレットながら出演するB級映画をC級臭くする男、ニコラス・ケイジの主演作品。共演にジュリアン・ムーア。そして、ピーター・フォークが出演。主人公の友人を演じて、好好爺然とした立ち居振る舞いのなかに一筋縄でゆかないしたたかさを覗かせている。
 でもC級映画!
 2分先の未来を見通すことのできる男、名をクリス・ジョンソンという。クリスはこの能力に手品の装いを施して生きてきたが、彼は自分の知らないうちにFBI捜査官に目をつけられていた。クリスにある仕事をさせたいFBIは彼の追跡を始めるが、時期を同じくしてテロ組織もまたクリスに目をつける。2年に渡って進めてきた計画を実行するためには、些細な障害であっても全力をもって排除しなければならない。FBIがクリスにさせたい仕事とは、テロ組織が秘密裏にカリフォルニアに持ち込んだ、10Kトンの核爆弾の捜索だ。

 観察とは、その行為自体が観察結果に影響を及ぼす。探偵は事件に介入することで「事件=他人の物語」という図式を「事件=自分の物語」に書き換える。観察という行為も探偵という存在も、観察対象や事件の外部に存在したままそこから内部を視る、ということではなくなる。観察者や探偵にとって外部とか内部とかいう境界は消えてしまう。そこに立つのは当事者である。だから、観察も探偵も真に客観性を持ち得ない。

 2分後の未来を見通すことのできるクリスであっても、それが可能なのは自分に関する事柄についてだけ。他人に不幸が降りかかろうとも幸運が舞い込もうとも、そこにクリスが立ち会うのでなければそれらに関する予知はできない。また、自分に危険が迫ると、これをすかさず察知する。2分後の予知も危険の察知も同じことだ。クリスの能力とはつまり観察である。
 本作は、観察は客観性を持ち得ないということを前提としている。私は骨の髄まで理数系苦手人間だが、こんな私でもアレを知っている。量子物理学のアレ。光を粒として測定する場合と波として測定する場合とではその位置と運動量を示す値がそれぞれ変動するというアレだ。不確定性原理だ。すなわち、測定つまり観察をしてみるまではその値がどのようなものになるか決まっていないのだ。注意すべきは「決まっていない」ということ。「わからない」ではなくて「決まっていない」のだ。測定するまで数値が「わからない」のは当然だ。ここで問題なのは、測定値つまり物事は測定されてはじめて決まるということだ。測定つまり観察が測定値に影響を及ぼすので、「わからない」ではなくて「決まっていない」のだ。観察者が雑な性格で測定環境を一定にととのえられず、そのせいで測定の精度が低くて測定のたびに正しくない値が検出されるというのとは話が違う。観察という行為自体が観察結果に、ひいては世界そのものに影響を及ぼすのだ。量子物理学によると、世界はそういう風にできている。だからこんなハナシを聞いたことがある。神ははじめに「光あれ」と云ったのではなく、神の観察の結果が「光の誕生」なのだろう、と。
 クリスは自分の能力について以下のように説明する。

 未来というものは見るたびに変わる。見た時点での未来だから。そしてすべて変わる。
 重要なので囲ってみた。クリスが云っているのは、観察者が同じであっても観察するたびにその結果は変動するということだ。つまりこの記事で何度も繰り返しているように、観察という行為自体が観察結果に影響を及ぼすことを、クリスは自らの経験に照らして明言しているのだ。何度視ても変わらないのは、エリザベスがダイナーに現れる光景だけ。逆説的に云うと、クリスとエリザベスの出逢いは運命なのか?

 探偵は事件に関わることで自分の物語にしてしまうわけだが、これもまた観察と同じ。誰であろうと事件を解決せんと介入した時点で、事件の結末は変わるのだ。事件の真相は変わらない。事実は事実だ。しかし、事実を積み重ねて推理を構築して、それが実を結んで真相を解き明かすこと、事件がどのような結末を迎えるかということ、この二つはまったく別である。探偵がどのような関わりを持ったとしても過去は変えられない。未来は変えられても過去は変えられない。繰り返すが、事件の真相は変わらないのだ。
 日本には金田一耕助という探偵がいる。この探偵は戦後の引き揚げ船で戦友の最期を看取る。死の間際に託された遺言を果たすために、金田一は戦友の故郷を訪れる。金田一が島を訪れる数日前、ひとりの男が島を訪れた。金田一の戦友には従兄弟がいて、男はその従兄弟が生きて帰ってくると家族に伝えに来たらしい。
 かたや訃報をかたや生還を告げるために金田一耕助と復員男は島を訪れた。この行為が時間を経ずして揃ったことで、その後の惨劇が引き起こされた。二人は殺人を犯していない。しかし、そもそも島を訪れなかったり訪れるにしても別のタイミングだったりしたら、その後の展開は全然違うものになっていたはずなのだ。このときの金田一は探偵として島を訪れたわけではない。亡くなった戦友の言葉から事件の発生を危惧してはいたものの、まさか本当に殺人が起こるとは思っていなかった。事件に関わるつもりで島を訪れたわけではないし、事件の発生を期待していたわけでもない。戦友の死を遺族に伝えるとともにその地で静養するつもりではいたけれど、これは通りすがりのようなものだ。そんな些細な関わりであっても、それに伴う結果は甚大なものとなる。金田一耕助の来訪の後、獄門島と呼ばれる島は連続殺人の舞台となった。金田一耕助の関わり方が違っていれば、三姉妹は死なずに済んだ。
 だいたい金田一耕助という探偵については、事件に介入してからの行動に「オマエ、もうちょっとなんとかならなかったか?」と云いたくなるところがあり、一部読者からは「鏖殺探偵」の異名を奉られている。数々の連続殺人事件の解決に携わり、その都度、被害者の数を増やしてきた。連続殺人が完成してから「ようやくわかりましたよ」って、遅いわボケ!
 金田一耕助に限ったことではないが、他人の事情に土足で踏み込んで事件を自分の物語にしてしまうのが探偵だ。「オマエの事情はオレの事情だ」と云い切れる神経でなければ、とてもじゃないけど探偵は務まらない。
 変わらない事柄などひとつもないことを誰より知っているクリスが、唯一信じられる絶対の存在、それがエリザベスだ。彼女の死を自分の問題として捉えるクリスは、他人事でしかなかった核爆弾捜索に積極的に介入してゆく。失せ物の探索も探偵の仕事だ。

 本作はSF作品だ。フィリップ・K・ディックの原作小説を読んでないが、書店のハヤカワSF文庫の棚に並んでいるのを知っている。クリスが観察する未来のクリスが未来を観察し、クリスによって予知されているクリスによって予知されているクリスが予知する。観察の対象者が観察を繰り返してゆき、予知に予知を重ねることで行き着く先。この思考実験もまたSFの醍醐味だが、「あれだけ引っ張っておいて、こんなオチかよ!」と一部で不評を買っている結末こそが、SFの真髄であるところの"センス・オブ・ワンダー"だろう。あの卓袱台返しは見事である。本作はどこを切ってもSF色の血が噴き出すけれど、骨格は実はミステリなのだ。

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