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この世には不思議なことなど何も無いのだよ

amazon:[DVD] シェルター 「シェルター」を観た。
 ジュリアン・ムーアという女優は演技の引きだしが多くて、しかも出演オファーを選り好みしないかのようなキャリアの持ち主だ。だから、「こんな役柄も演じられるのか!」という嬉しい驚きと「こんな作品にも出ちゃうんだ」という嬉しくない驚きを味わうことがある。皆様、ジュリアン・ムーアには騙されないように気をつけましょうね。

 その夜、ある囚人の死刑執行を前に最後の精神鑑定が為された。弁護側の主張は、今は死刑を待つばかりの囚人に罪はない。彼が犯したとされる殺人は囚人のなかの別人格によるものであり、囚人に責任能力はない。刑の執行は不当である、と。しかしこの夜、精神鑑定を担当したカーラ・ジェサップは多重人格をファンタジーと断じて、弁護側の主張を退ける。死刑は執行された。
 三年前に夫を亡くしてからというもの、カーラは変わった。精神分析医の父親にとっては、これが心配の種。好奇心を失い、確立された学説のみを頼りに縋っている。そんなことでは医師としても科学者としても成長しない。そして人間としても、そのありようには若さが感じられない。
 ハーディング医師は娘のためを思って、友人が担当していた患者を自分の病院に転院させた。その患者の症状は多重人格を疑わせるのだが......。

 ジュリアン・ムーアが深刻そうな顔で患者と向き合う。絵になる。
 患者を治すとは云うものの、実際は自分の下す診断に合致するように患者の物語を紡ぐ。自分がこれまで縋って生きてきた何かを失わないように。夫は殺された。娘は幼く、頼るべき人はいない。父親と弟はいるし二人を愛しているけれど、父親とは仕事上で相容れないところがあるし音楽で食べている弟はちょっと頼りない。
 カーラが多重人格の非在を支持するのは、その学説をとることで彼女自身が安定するからだ。カーラは仕事を全うするうえでときに死の宣告を下すことがある。先達ての死刑囚の例にあるように、人の生死を左右する「精神」の問題に不透明な点があってはならない。「精神」そのものが目に見えないだけに、なおさらである。もしも過去の自分の鑑定に間違いがあったなら、それが死刑囚だったなら死なせるべきではない人を死なせたことになる。その人は罪人ではなく患者であり、罰を与えるのではなく治療を施すべきだった。自分は死に直結する誤診を下したことになる。こんなことを思い悩んでいてはとてもじゃないが立ち行かなくなる。医師として、娘を持つ一家の長として生きてゆくために、カーラは多重人格を否定しなければならなかった。
 そこに現れたのが"アダム"だ。彼の示す症状には解離性同一性障害の疑いがあるが、カーラは妄想狂と診断する。カーラは"アダム"の辿ってきた人生に注目して、彼が他者になりきるのはモデリングの結果と結論する。"アダム"は己の苛酷な状況から目を背けるために悲惨な最期を遂げた人物に執着し、それが高じて病を発症した。彼のなかの"デヴィッド"や"ウェス"はそれぞれが一個の人格ではなく、"アダム"自身が演じ分けているにすぎない。多重人格は存在しない。
 カーラの下す診断は、誰のための診断なのだろう? この点に彼女の父親の危惧がある。このままでは精神科医としても人間としても袋小路に行き詰まる。カーラは物事をあるがままに受け止められるようにならなくてはならない。そのためには凝り固まった反「多重人格」の信仰をブチ壊す体験が必要だ。劇的な改心を招く出来事が。

 患者を正しく診断することで適切な治療を施すことが可能となる。 これを云いかえると、患者を治すには正しく診断しなければならない、ということだ。「Dr.HOUSE」という海外ドラマがある。診断医療を題材にしたドラマだ。一種のミステリであり、探偵の役割を果たすのは医師だ。彼は犯人を突き止めるかわりに病気を診断する。カーラもまた"アダム"に表れる症状を手掛かりにして真相へと迫る。
 ミステリドラマの一例として挙げた「Dr.HOUSE」の主演は、イギリス人俳優のヒュー・ローリーだ。ひょろりと高い身長に鋭角な印象の顔立ちをしているが、冷血漢には思えない。表情豊かな瞳のおかげだろう。表情豊かと形容できるだけあって、目付きひとつで様々な感情を表現できる。彼が演じるハウス医師は解析医療のエキスパートとして名を馳せている。人間性はともかく、とびっきりの名医であると。ありきたりな症状には目もくれず、興味をひくような患者だけを相手にする。「患者は嘘を吐く」が信条で、病気の正体を暴くためなら手段を選ばない。痛み止めにドラッグを常用し、それを入手するために処方箋を偽造する。彼にかかれば誰であろうと揶揄の対象となり、容赦のない暴言を浴びせられる。上司にとっても同僚にとっても部下にとっても、実に頭の痛い存在だ。これで医師としての能力に乏しければただの社会不適合者だが、ときに鷹のような鋭いまなざしで物事を注視する男は最後に正しい診断を下す。彼は紛れもなく有能なのだ。
 ハウスの持つイメージを挙げてゆくにつれ、ある人物が頭に浮かんだ。長身で鷹の目を持ち、麻薬を嗜み音楽を愛する。傍若無人の皮肉屋で、ある分野に関しては世界でも有数のエキスパート。そのイギリス紳士の名はシャーロック・ホームズ。云わずと知れた名探偵である。ハウス医師とシャーロック・ホームズとの共通点の多さは偶然とは思えない。ハウスのモデルが誰かわかった。
 医療ドラマにミステリの作法を取り入れたのが「Dr.HOUSE」だ。このことから医師の下す診断というものは、探偵における謎の解明と同じ文脈で語られることになる。そしてシャーロック・ホームズの名を挙げたことから、あるホームズ語録を連想した。それは「ありうべからざる事をすべて除去してしまえば、あとに残ったものが、いかにありそうもないと思えても、すなわち真相である」という有名な文言だ。「ザ・含蓄!」と云いたくなるくらいに深い言葉である。

 本作はミステリと謳って販売されていないだろう。美人精神科医が多重人格を疑われる患者の真相に迫る。こう纏めるといかにもミステリなのだが、本作をミステリの枠組みに押し込めようとするのは躊躇われる。
 深まる謎と予想外の展開、死体ばかりが増えてゆき、家族にまで死の徴候が。真相究明の過程で浮かび上がった過去の因縁。犯人の意外な正体とは?
 こうして纏めてみると、やっぱりミステリだよな。シャーロック・ホームズの言葉にあるとおりだ。それでもミステリと呼ぶには抵抗がある。
 というわけで、この記事では本作のネタを割らない。いつもは無遠慮にネタを割る私だが、今回は謎を謎のままにしておく。真相はどのようなものなのか? カーラは正しい診断に到達するのか? 劇的な改心は為されるのか? これらの謎に答えるつもりはない。知りたくば本作を観よ! 云うことはこれだけ。
 以上!

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