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レナニヌイ

amazon:[DVD] ニュームーン トワイライト・サーガ スタンダード・エディション 「ニュームーン トワイライト・サーガ」を観た。
 18歳の誕生日を迎えた朝、イザベラは悪夢で目覚めた。悪夢の舞台は異国の地。晴れわたる空の下、塔の時計が正午をさすと同時にエドワードが陽光に身をさらして、自分の正体を居並ぶ人々に明かす。場面はかわって、森の中。樹々を抜けて開けた草地に出ると、視線の先に祖母の姿が。そこへエドワードが現れる。ベラは彼を祖母に紹介しようとするも、祖母に近付いて違和感を覚える。祖母に正対しても相手から声もかけられない。気づいてみれば眼前にあるのは大きな鏡で、祖母と見たのは年老いた自分の姿。隣にいるエドワードは鏡に映っておらず、そして彼の実体は相変わらず若い姿のまま......。
 アリスの発案でベラの誕生日パーティが催されることになった。そのさなか、ちょっとした不注意からベラは出血する。たった数滴の血が居合わせたジャスパーを狂わせて、彼はベラに襲いかかる。エドワードをはじめとする彼の家族がこれを防いだが、このことをきっかけにエドワードは思い悩むようになる。
 ベラは訪ねてきたエドワードに別れを切り出される。カレン家はこの地を去ると云うのだ。尤もらしいことを云っているが、原因は自分が人間であることとベラはわかっている。自分に流れる人間の血が彼ら吸血鬼を狂わせる。自分の存在が人間の血を断っているカレン家、特に自分と家族の間に立っているエドワードを苦しめている。
 いきなり降ってわいた別れ話は、互いに十分話し合う暇もなく現実のものとなり、カレン家は町から去っていった。喪失感を抱えたまま、死んだような日々を送るベラ。その前に現れたのは幼馴染みのジェイコブだ。この年下の少年は、見事な体躯を持ち、賢明で優しくもあり、なによりベラに思慕を向けている。彼の恋心をわかっていて、自分がエドワードを忘れられないことを自覚しながら、ベラは喪失感を埋める為にジェイコブとの時間を楽しむ。
 楽しかった時間にも終わりは訪れる。ジェイコブはベラを避けるようになった。

 前作「トワイライト 初恋」を私は少女漫画として評価した。原作は漫画ではなく小説のようだけれども、少女漫画の影響を受けて書かれたのではないだろうか。こんなことを書くのだから、例によって例の如く原作小説を読んでない。日本の作家による漫画化は為されてないのかな?
 ともかくも前作においては吸血鬼の物語としてのホラー要素は少なく、むしろ主人公の恋愛成就の執念のほうが恐ろしかった。種族の違いという大きな障害も、彼女にかかれば恋愛の試練へと置き換えられる。損得勘定とは無縁という点においては確かに純愛と云えなくもない。
 純愛路線を貫く姿勢は、それでも前作までは通用した。出逢いとすれ違い、相互理解のうちに明らかになる交際上の障害。周囲の理解を次第に勝ち得つつも、どうしても越えられない最後の一線。
 観客すら焦れったい思いをするのが恋愛物語の定石ならば、「トワイライト」は恋愛物語の王道を行く作品だ。このジャンルに対する耐性のない私にとって、苦悶の時間を少なからず過ごしたものだ。「だああああッ、もう死ぬかくっつくかはっきりしろ!」って、叫んだことも一度や二度ではない。
 最終的には恋は成就するさ。少女漫画だもん。先行きは薔薇色と断定できないまでも、恋人たちの努力によって数多の障害を乗り越えられる。そう思うだろうよ。
 そこにいきなりの別離が待っているとは。そして恋人たちの間に生じる、事態認識の錯誤。この焦れったいほどのすれ違い。本作はつまり、「ロミオとジュリエット」なのだ。

 狭い了見でしか物事を捉えられない少年少女が、その未熟さ故に物事に対して「きっと○○だろう」「絶対に××に違いない!」と思い込み、衝動のままに行動するからろくなことにならない。「ロミオとジュリエット」は悲恋の物語として認知されているけれども、現代に置き換えてみると三面記事の内容だ。十代半ばの男女が駆け落ちを企んで、後を追われないように死んだことにしようとしたところ、なんだかんだで誤解が生じてそれがもとで二人とも死ぬ。
 ある事柄を悲劇ととるか喜劇ととるかは、その事柄との距離感によって変わるものだけど、それにしても「ロミオとジュリエット」はバカすぎる。家から金目のもの盗んでさっさと逃げればよいものを、なぜ死んだフリをしなけりゃならん? で、駆け落ちする相手に相談も連絡もしないで実行して、相手に死なれてりゃ世話がない。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)は基本だよ。これを怠ったばっかりにあたら若い命が散ることとなった。この結末は死んだ恋人たちにとって悲劇だろうし、遺族にとっても悲劇だろう。おかしな知恵を授けた修道士にとっても、自分の授けた愚かな策があたら若い命を散らせることになって、悲劇と思わざるを得ないことだろう。
 だから、距離感が重要なのだ。「ロミオとジュリエット」を悲劇として捉えられる向きは、若い恋人たちの命を懸けた恋愛に入り込める。ガキの恋愛沙汰として一歩も二歩も退いて眺める向きには、奇妙な展開とすれ違いが滑稽な結末を呼ぶ、正真正銘のドタバタ喜劇である。
 本作も物語に入り込めたなら、或いはワクワクドキドキの連続かもしれない。ベラとエドワードの境遇の違い、ジェイコブのベラに寄せる想い、エドワードとジェイコブの互いの種族における宿命、この複雑な三角関係に夢中になるかもしれない。登場人物の傍らで彼らと同じ高さの目線で事態の進行を見守ろうとするならば、彼らの巻き起こす恋愛台風に翻弄されて冷静でいられるはずもない。特にベラと同じ立ち位置を獲得できたなら、それは幸せだ。なぜなら本作は彼女の物語なのだから。
 少女漫画の主人公が少女であることに不思議はない。だからと云って、主人公のベラばかりが登場するのであれば些か飽きがくる。前作「トワイライト」では人物紹介の手続きの必要があって、登場人物それぞれの描写に時間が割かれていた。おかげで人物描写のバランスが良かった。本作では早々にエドワードが去ってしまう。恋する気持ちに一直線のベラ・スワンを制御する者がいなくなって、誰が彼女の暴走を止められようか。ジェイコブでは力不足。父親は云うまでもない。となると、ベラはひたすら走り続けることになり、物語は自然と彼女を追うかたちになる。
 かくして本作は、恋愛暴走機関車であるベラの物語となった。エドワードとの別離によって生じた喪失感を埋めようとして彼の幻影を追い求め、その一方でジェイコブとの時間を過ごす。どちらもベラにとっては代償行為であり、それは彼女も観客もわかっている。ちゃんとわかっている。だから焦れったい。
 ベラは理性によって意思決定をするのではなく、衝動のままに行動を起こす。これに周りが振り回される。ベラの行動原理がとても特殊で他者と共有できないものだから、理解は得られない。この状況でひとり思い悩むことしかしないベラだから、彼女と親や同級生との間に距離ができる。ベラはバカだ。
 ベラがバカならエドワードはもっとバカだ。恋人の身を案じて彼女の前から姿を消すにしても中途半端。そもそも別れの理由を云わずにいるのに、赤の他人となる相手に無茶はするなと一方的。アリスの予知の内容を知ってスワン家に電話をかけるも、その電話に出たジェイコブの「葬儀」という言葉に絶望し、誰の葬儀か確認することなくベラのそれと決めつけ、思いつめて死を選ぶ。自らの宿命を悲観していたとは云え、あまりに拙速。バカバカバカ!
 バカとバカとが出逢って恋して周囲を巻き込んで、「やっぱり好き好き!」って大団円? ホントに困ったものだ。
 そうは云っても、ベラやエドワードの行動に苛立ちを覚えるのだから、私も彼らとの距離を計りかねているのだろう。彼らは架空の存在なのだから、いちいち目くじらを立てずとも構わないはずだろうよ。私も物語に取り込まれたということか。
 主要登場人物のなかで、辛うじて冷静を保っているように思われるジェイコブが本当に気の毒だ。酒席で周りが競うように酔い潰れてゆくなか、その勢いに乗り損ねて正気を保っているカンジ。いつも幹事を押し付けられる役回り。応援したくなるね。

 さて、ジェイコブたち先住種族の血に潜む宿命が明らかになった。これは前作でもチラッと触れられてはいた。獣面人身の人狼になるかと思えば、巨大な狼になるとは。また、その習性も狼らしく集団に属し、上下関係に厳しい。疾さや力強さは吸血鬼に負けないようだけど、これらの身体能力と集団という数的有利が吸血鬼を斃す方法だとすると、ジェイコブの仲間はいったいどれだけいるのだろうか?
 本作のホラー要素を深く考察しても意味はない。なぜなら本作は少女漫画なのだから。戦闘も血塗られた宿命も恋のスパイス。すべてが恋心を燃え上がらせる為に用意されたものだ。

 エドワードはベラにプロポーズした。条件付きのそれをベラは受けた。二人の間には解決しなければならない問題が山積みで、誰もが納得するような解決方法はその糸口さえ見出だせていない。
 吸血鬼になるということの深刻さをベラはわかっていない。ただ愛するエドワードと一緒にいられるという一点だけで自分の将来を決めてしまっている。エドワードやカレン家の者とはともに生きてゆけるだろうけれど、父親や今は別居している母親、友人たちと別れなければならないことをどれだけ切実に受け止めているのだろうか。ましてカレン家のなかで吸血鬼として生きるならば守らなければならない戒律があるけれど、彼女はどれほどの覚悟を持っているのだろうか。カレン家の吸血鬼は永遠に続く飢餓感に耐えなければならない。戒律を破って人間の血を吸ったならば、それこそジェイコブの敵となる。このことをベラはちゃんとわかっているのだろうか?

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ニュームーン トワイライト・サーガ from 象のロケット 2011-08-23 (火) 19:27
18歳の誕生日、ベラは永遠に17歳であるヴァンパイアの恋人・エドワードよりもひとつ年上になった。 そして彼から別れを告げられ廃人同様になってしまう。 一方...

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