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明日のために

フロスト×ニクソン 「フロスト×ニクソン」を観た。
 政治に無関心な私であっても、リチャード・ニクソンのウォーターゲート事件についてはある程度を知っている。ある程度しか知らないとも云える。お恥ずかしい。
 本作は、アメリカ建国以来、史上はじめて任期中に大統領の職を辞したリチャード・ニクソンと、イギリスのトーク番組の司会者であるデビッド・フロストとの、息詰まる熱戦を描いている。監督はロン・ハワード。実話をもとにした作品ということで「アポロ13」や「シンデレラマン」の実績がある。監督はフロストによるニクソンのインタビュー番組をボクシングの試合に見立てて、これを一流の娯楽として完成させた。

 世界王者として栄華を極めたニクソンだが、防衛戦において反則の判定が下った為にタイトルを返上しなければならなくなった。既にベテランの域に達していて引退を囁かれていたニクソンだが、現役復帰に対する気持ちは誰よりも強い。彼にとって目的のない人生を送ることは、つまりリングをおりることは絶対に考えられない。先ずは復帰戦に相応しい対戦相手を探すことが重要だ。いわゆる噛ませ犬だ。
 イギリスとオーストラリアでは勝利を得フロストだったが、この程度の成功で満足できない。男が望むのはアメリカでの成功だ。アメリカで成功するにはランキング上位の相手、しかもネームバリューのある相手との対戦が早道だ。そしてネームバリューのある対戦相手なら、今は何といってもリチャード・ニクソンだ。栄光への道を駆け上がる為、ぜひともニクソンとの試合を実現させたい。
 元世界王者と若き挑戦者、それぞれの思惑が絡み合って、世紀の一戦が実現する。
 1977年3月23日、第1ラウンドのゴングが鳴り響いた。

 本作の内容が事実に基づいていることは、私には関係がない。私は本作を"殴り合い"を描いたものと認識している。そこには正義も悪もない。あるのは強さ、そして勝利と敗北だ。だから、本作に登場する人物の人となりが実際とは異なっていようと私には関係ない。なんなら年齢や性別が違っていようとかまわない。
 政界復帰に意欲を燃やす男と、アメリカ進出の橋頭堡を築きたい男。いずれも現時点における自分やその立ち位置に満足していない。あるいは挑戦すること自体が目的となっているのかもしれない。挑戦の果てにあるものが敗北であっても、それは仕方ない。もちろん勝つための算段を立て、準備を怠らず。それで負けたとしても、挑戦することはしないことよりも数段上等だ。
 ハイ? Win-Win? 冗談じゃない。勝負の世界を馬鹿にしてるのか。ニクソンとフロストは同じ種類の人間なのだ。両者共に常にハングリー精神を抱えている。そして両者ともに勝負の世界に生きるのならば、個々の勝負において試合巧者が有利である。間違えてはならないことは、試合巧者が勝敗において有利ではあることは確かだが、それが全てではないということ。試合と勝負はぴったりと一致するものではないのだから。

 試合開始のゴングと共に青コーナーから挑戦者が飛び出した。その直後の一撃はニクソン陣営が戦前に想定していた試合の流れを覆す一撃だ。しかし、これを経験豊富な元王者は堪えてみせる。巧みにクリンチに逃れて、試合の主導権を相手に渡さない。
 挑戦者陣営の目論見では波乱と共に幕開けする筈だった第1ラウンドも、終わってみれば元世界王者の試合巧者ぶりばかりが印象に残るものとなった。ニクソン陣営にとっては幸先のよいスタートとなった。
 ラウンド間のインターバルでもフロストは休めない。主催試合を成立させる為、この時点においても金策に走っている。体力の回復もできず、作戦の確認もできないままに次のラウンドが始まる。この状況において、フロストに勝てる見込みはなかった。
 ニクソン優位のまま3ラウンドは過ぎて、敗北感漂うなかでフロストはある人物から電話を受ける。その人物とは、驚くべきことに対戦相手のリチャード・ニクソンその人だ。ニクソンによると、自分とフロストとは同じ種類の人間である。常に満たされない思いを抱き、それが為に戦い続ける。人に認められるには何かに挑戦する姿を見せなければならない。ただ挑戦しただ戦うだけでは満足させられないところに到達してしまった。かくなるうえは結果を残すしかない。それしか方法を知らないのだ。
 初対面以来、インタビューの最中ですら感じられなかったニクソンの口調の激しさと熱さに、フロストもプロモーターではなくボクサーとしての自分を思い出す。ましてや自分は挑戦者ではないか。ニクソンが何かにつけて発する「ルール無用」は、寧ろ彼に挑戦する自分の言葉でなければならなかった筈だ。ニクソンは常に挑戦者の気持ちで戦ってきたのだ。だから、世界王者までのぼりつめることができた。ならば、自分も挑戦者として全力を尽くさねばならない。これまでインターバルは試合を成立させる為に奔走してきた。最後のインターバルは勝つ為に使おう。勝手こそ意味ある試合となるのだから!
 最終ラウンドの焦点はウォーターゲート事件。攻めるフロストに守るニクソン。どちらの陣営もこのラウンドが勝敗の趨勢を決すると、本命であるウォーターゲートの作戦と対策を練ってきた。
 経験に裏打ちされた技術で防御に徹する元世界王者だが、挑戦者の手数が勝り、防御が追いつかなくなる。そして、知らず知らずのうちにコーナーに追い詰められてしまう。袋小路から逃れようと、ニクソンが不用意に出した拳。フロストはそれにカウンターを合わせた。乾坤一擲の一撃がニクソンの顎をとらえた。
 ダウン!
 色めき立つ両陣営。叫ぶセコンドの声に立ち上がったニクソン。ここが攻め時と意気込むフロスト。二人はリング中央で対峙する。そして、足をとめての殴り合い。そして、決着はついた。
 テレビには、全力を尽くしてそれでも勝利することのできなかった男の顔が映し出される。戦いを終えて弛緩した顔だ。そこには"敗北"の二文字が刻まれていた。かつてテレビ討論でライバルに敗れた男は、またしてもテレビを舞台の戦いで敗北を喫した。男は決して弱くなかったが、テレビとの相性は良くなかった。
 イギリスから遠征した男は、しかしテレビを決戦のリングに選んだことでアウェイの不利を覆した。テレビこそ彼のホームタウンなのだ。

 世紀の一戦は、鮮やかな逆転劇で幕を閉じた。勝敗に正義と悪の二項対立を持ち込む必要はない。二人の男が全力を尽くして戦った。それだけだ。
 強い者が勝つ。勝った者が強い。
 どちらでも構わない。真剣勝負のリングに上った時点で、リチャード・ニクソンもデビッド・フロストも称讃に値する。彼らは観る者を熱狂させるほどに強かった。それでいい。

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フロスト×ニクソン from 象のロケット 2011-08-19 (金) 20:33
ウォーターゲート事件による辞任から3年。 政界復帰を目論むリチャード・ニクソンにインタビューを申し込んだのは、イギリスとオーストラリアで活躍し、全米進出を...

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